満開の桜が目を引きます。
ホスピスまでの道程の中で、
日本にはこんなにも桜が多いのかと
改めて感じさせられました。
悲しみ、苦しみを抱えた方に言われます。
"私の足を元通り歩けるようにしてほしい"
"私の目をどうにか見えるようにしてほしい"
"私の声をもう一度出せるようにしてほしい"
"私の大切な人ともう一度逢いたい"
そのとき、私は言葉を失い、佇みます。
私は自らが失ったものに重ねるのです。
またあるとき言われます。
"私は足を失い、人生を歩く意味を手に入れた"
"私は視力を失い、大切な事を見る眼を手に入れた"
"私は声を失い、伝えたいメッセージを手に入れた"
"私の中に大切な人がいる"
どうして、そう感じられるのでしょう。
私は自らが生きてきた"とき"に重ねるのです。
春の影響でしょうか。
ある詩が浮かび上がってきました。
皆様の春の一日が
素敵な一日でありますように。
(スピリチュアルケア・スタッフ 坂詰大輔)
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『ある兵士の祈り』
大きなことを成し遂げるために
力を与えてほしいと神に求めたのに、
謙虚さを学ぶようにと弱さを授かった。
より偉大なことが出来るようにと
健康を求めたのに、
より良きことができるようにと
病弱を与えられた。
幸せになろうと富を求めたのに、
賢明であるようにと貧困を授かった。
世の人々の称賛を得よう
成功を求めたのに、
得意にならないようにと
失敗を授かった。
人生を楽しもうと
たくさんのものを求めたのに、
むしろ人生を味わうようにと
シンプルな生活を与えられた。
求めたものは何一つとして与えられなかったが、
願いはすべて聞き届けられていた。
私はあらゆる人の中で、
もっとも豊かに祝福されていたのだ。
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