スピリチュアルケア・ボランティア『傾聴』

本日、スピリチュアルケア・ボランティアで民間ホスピスさまを訪問しました。


私はそこで出逢った方の語る言葉に耳を傾けていますが、”誰もが語ることに心地よさを感じるわけではない” と考えています。なぜなら、苦しみながら語る姿に直面することがあるからです。


その方は苦しいときに語りたかったのか、語りたくなかったのか、もしくは私(聴き手)がいることで語らせてしまったのか、その真意は私に分かりません。


"生き方を見つめる人" と言葉を交わすとき、"聴き手の生き方" が問われます。


ですから私は、私として何ができるのかを見つめます。そして私は "それでも、たたずみ続ける" ことを選びます。その人が語ることも、語らないことも、選べるように..


語る姿も、語れない姿も、その全てがその人にとっての表現であると考えています。そしてその表現をありのままに見つめることが "傾聴" に近づくことなのかもしれないと、私は考えています。


(スピリチュアルケア・スタッフ D.S.)